六年近い海外生活を終え、帰国して最初に実感したのは、日本の商業サービスの凄さでした。
それは、正に痒いところに手が届く程、如何なるものに対しても、至れり尽せりのサービスが展開
していたのです。
例えば、引越しをする際、本人が気楽にお茶を飲んでいる側で、スタッフが全て引越しを
してくれるお任せタイプ、また、女性の引越しには女性スタッフが担当するレディースパック、
荷物の少ない単身パックや学生パック等々、、、。其々の需要に応じた多種多様なサービス
が氾濫し、競合する引越し業者を選ぶのもひと苦労する程です。
また、電化製品を購入すると、製品の運搬搬入、梱包を解いてセッティング、そして、その製品が
ちゃんと機能しているのかどうかを確認して、やっとそこで作業が終了!
今や私達は、この作業の流れを何の疑問も持たず、日常的に受け入れています。
しかし、この日本におけるサービスの常識が、カナダでは全く通用しないものだったのです。

 私達のカナダライフは、ダウンタウンにある、家具とメイドサービスがついているコンドミニアム
(日本でのマンション)でスタートしたのです。
そのコンドは、新しい家を見つける為の仮住まいだった為、今後の生活に必要な様々なものを
購入する運びとなり、TV 等の大型電化製品は後日、自宅に届けてくれる事となりました。
 約束の搬入日の午後3時頃、朝から首を長くして待ち続けている私の処へ、
“今から行く!”
と、電話がかかって来たのです。
暫らくしてベルが鳴るのでドアを開けてみると、目の前に、大汗をかいた荒い息遣いの黒人の
大男が突っ立って、何やらぶつくさと文句を言っているのです。
 私達の住んでいたコンドはクラシック調というよりは、ちょっとモダンな幾何学的なデザイン
を配して、機能的に逆行する無駄な個所が、多々あった様に思われます。
例えば、エレベーターホールから私達の部屋まで来るのに、階段を2〜3段降りて暫らく行くと、
また2〜3段上り、また、暫らく行くと降りる、、、、の繰り返し。
何の為?と単純に私達は思って、別に気にも留めていませんでしたが、
彼にとって、それは一大事だったのです。
実は私達の買ったTVは40型の大型で、其れを彼は一人で台車に乗せて運んで来たのですが、
この廊下を見て、“Oh! My God!”と叫んだそうです。
台車が使えない事を悟って彼が取った方策とは、デリケートな電気製品である TVの箱を
無神経にも、そのままゴロンゴロンと転がす事だったのです。
(ステレオサウンドがしょっちゅうモノトーンで聴こえていたのは、その所為だったのかしらん?)

        

其処で、
彼は運んで来た、もとい、転がして来たTVとTV台のダンボールの箱を室内にドーンと置くと、
“これで俺の仕事は全て終わった!受け取りのサインを!”
と、宣ったのです。
“えっ?待って! TV台を組み立ててはくれないの?”
と、聞くと、彼は再び、
“俺の仕事は全て終わった!”
と、言い放ち、さっさと帰って行ったのでした。
“嘘でしょ?????”
その黒い大男が去った後、巨大な二つの箱が置かれたままの部屋に一人取り残された私は、
暫らく途方に暮れていました。
その後、彼によって乱暴に扱われた痛々しいTVは、幸運にも無事に映像を映し出し、
一先ず安堵したものです。
 また、ベッド(いや、ベッドを作る為のパーツ)を新しい家に運んで来た時の事でした。
以前同様、そのまま箱を置いて、帰えろうとしている彼らに、
“お金を払うから、どうかベッドの形に組み立ててから帰って!”
と、涙ながらに哀願して、彼らを引き止め、ベッドを組み立ててもらったのでした。
そのお金は彼等のポケットマネーになったようですが、私にはその夜、フカフカのベッドで
ゆっくり眠れる喜びの方が何よりも重要だったのです。
 
 これらの件でも分かるように、搬入する人間は、正に品物を運ぶだけ!
“後は、あなた達でおやりなさい!” 文字通り “Do It Yourself” だったのです。
そして、多くのカナダ人たちは、其れを当たり前のように思っているのです。

 最近、日本でも大型ホームセンターの影響で日曜大工やガーデニングがブームとなり、
またIKEYAの様な組み立て式の製品を売る家具店が増えて来た所為か、DIY精神
(Do It Yourself)が見直されては来ましたが、まぁ、これは割安からのゆえんだと思われます。
 今、巷で流行っているリホームも、カナダでは自分達で壁のペンキを塗ったり、
壁紙を貼ったりするのは当たり前、中には、“自分で建てるMy House”なる番組でノウハウを
伝授しもらい、実際に家を建ててしまう人もいるのですから、驚きです。

 先日、カナダから届いた友人のeメールには、
“今年の夏休みは、主人と一緒に家の外壁のペンキを塗らなければならないので忙しい!”
と、書かれていました。
ちなみに言えば、彼女の家は、日本の平均的な一軒家の倍程の大きさです。

 徐々にDIYで本体価格を抑える製品が出て来始めた一方、搬入も玄関先だと無料だけど、
配置予定の場所までだと有料、二階だと更に上乗せ、また、商品の組み立ては別料金と
サービス自体に料金を取る様になって来た印象を持ちます。
これじゃ、本来のサービスの意味から程遠くなってしまうのではないでしょうか?
 至れり尽くせりのサービスは、とても楽で居心地の良いものですが、何もかもして貰う事に
慣れてしまうと、一人では何も出来ない人間になってしまうのではないかと、一方、不安にも
駆られます。
他人を始めから当てにするのではなく、先ずは自分で何でもやってみるDIYならぬ、DIM
(Do It Myself)精神を持って、逞しいカナダ人達の様な自立の心を養いたいものです。

私達が新生活を
スタートさせたコンドミニアム   “Somerset”
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Do it yourself