電車から外を覗くと、真っ白だった。
雪を見たことのないタイ人のエイミーは、興奮して繰り返した。
「これが雪なの?!これが本当に雪?」
雪の多い国出身のスロバキア人ルシアはそんなエイミーを見て笑い、
私はスカートをはいてきた事をひたすら後悔していた。
電車は、ヨークに着いた。
クリスマスの迫ったある日、私たちはイングランド北部の街、ヨークへ出かけた。
イングランドのかつての副都心、英国国教会大主教の居在地の一つ・・・ヨークは様々なことで有名だ。駅を出て、まず目に付いたのは城壁。
この街は城壁に囲まれているということでも有名。
エディンバラで感じた、おとぎ話に入り込んだような感覚に陥る。
ハリー・ポッターやロード・オブ・ザ・リングの世界は、ここでは想像上ではなく現実に存在しているのだ。まずは、ルシアのリクエストでヨーク・キャッスル・ミュージアムへ。
観光ガイドによると、ここはイングランドで最も有名な博物館の一つらしい。
展示されているのは、約四百年前から近代までの「すべて」。
貴重な書類、ガラス、陶器、銀食器、衣装、ゆりかご、棺桶、楽器、テレビ、
果ては洗剤のパックやトイレまで・・・
見ているだけでも楽しかったけれど、少し自分の歴史に対する無知さにうんざりした。
知っているのと知っていないのでは興奮が違う。
ルシアは歴史解説をしながら目を輝かせていた。さて、ゆりかごと棺桶を見ていると、「どこから来たの?」と学芸員のおじさん。
ノッティンガム・・・いや、日本と答えると、桜木町、三渓園など懐かしい名前を挙げ始めた。
おじさんはランドマークタワーで三年間ほど働いていたらしい。
オックスフォードの漢英辞典と日本人友達からのメールのプリントアウトも見せてくれた。
「これを読み終わるのには、一ヶ月かかるよ。」
そのメールは、「昔々あるところに・・・」という節で始まっていた。
確かにこれは難しい。
そしておじさんは、私のLの発音を矯正してから
サヨナラと言って、消えた。おじさん、今頃はあのメールを読み終えただろうか?
外国語を獲得する喜びや苦しみは痛いほどわかるはずなのに、
やっぱりイギリス人が日本語の昔話を一ヶ月もかけて読もうとしているのは、不思議に感じる。
でも、逆に私もそう思われていたのだろうか?
なぜ、たかが展示物の説明を読むのにあんなに時間をかけているのか、と。
三時間ほど博物館を歩き回るとへとへとになって、エイミーのリクエスト、中華料理屋へ向かった。
イギリスの中華料理屋らしく油っぽかったけど、友達と食べるとなんでもおいしく感じる。
死ぬほど食べて、死ぬほど笑った。その後は、私のリクエスト、ヨーク大聖堂へ。
あたりは暗くなりかけていたけれど、雪に光が反射して聖堂は青白く光っていた。
寒くてどうしようもなかったけれど、足を止めずにはいられなかった。
大きくて、美しかった。キリスト教でもなんでもないけれど、教会・聖堂などの建築物や聖歌などの教会音楽はすごい、と思う。
人を圧倒したり、人を癒したり・・・それらはさまざまな力をもつ。
なにかを信じるということは大切なのかもしれない、と思う。
人々は神のために精巧な建築物を作り上げ、現在までそれを維持し、祈りの歌を歌い続けてきた。
ヨーク大聖堂にも維持のための募金箱がそこかしこに置かれていたように、
それらをいい状態で保っていくのには莫大なお金がかかるし、労力もかかる。(ヨーク大聖堂は一分に4ポンド=800円かかるらしい)
でも、人々は神を愛しているから、信じているから、惜しまずにその努力を続けている。
家に帰ると、クリスマスの為のパイを焼き、それから宿題にとりかかった。
身体が二つ欲しくなった。