中途半端


中途半端という言葉があって、
そういう人間がほとんどで、
そういう町に住んでいる私は、
そういう人間になってしまった。

泣いた。私は泣いた。ずーっとずーっと。

ある日、宇多田ヒカルのアンプラグドのDVDを見ていた。
一流のミュージシャンが集まって、一流の歌を歌っていた。
素晴らしかった。もんくなし。

けれども、ふいに涙が出てきた。
なんで自分が泣いているんだか意味が分からなかった。
部屋にかけこんで、ベッドに横になった。

私は、なんのために生きている?
なんのために生まれてきた?

小さい頃からずっと思い続けてきたのは、「魅力的な人間になりたい。」ということ。
要するに、中途半端な人間にはならないゾって思い続けてきた。
中途半端な人間っていうのは一番始末が悪いと思う。
これは、主にクラシックの世界で学んできたことだけれど、
中途半端な演奏者は、ヤケにプライドが高い。
いいわけばっかり。やたら自慢する。言動と行動が伴っていない。

さて、私は、いま中途半端な人間だ。
小学校の頃は、「ピアノだけは誰にも負けないんだ。」っていばりくさっていた。
それも井の中の蛙というやつで・・・
年を重ねていく毎に、私はどういう人間なのかがよく分かってきた。

勉強も中途半端、リコーダーもピアノもパーカッションもへたっぴ、音楽の才能だってあるわけじゃない、運動もできない、絵も下手、
文章も下手、得意の英語も全国で一番ってわけじゃない、水泳も中途半端、坂本龍一は四歳で作曲を始めた、私は小学校四年生で始めた。

私は、なんのために生きている?
なんのために生まれてきた?

たくさんの習い事をしてきて、たくさんお金をかけて貰ってきて、こんな人間に育ってしまって、親に聞くのが恐かった。
「ねぇ。私、生まれてきてからなにか役だったことってあったのかな?」

けれども、泣きすぎて、泣きすぎて、もう泣けなくなってしまったときに気付いた。
今は途中経過にすぎない、これから育っていかなければならないんだと。

宇多田ヒカルが歌っている。
楽しそうに。

私も、いつか彼女のようになりたい。
それには気の遠くなるような努力をしなければならないかもしれないけれど。

母さんがいつもいっている。
「飛び抜けちゃってる人ほど、余裕があるのはなんでかわかる?中途半端な人みたいにむやみやたらに競争する人が居ないからだよ。」

いつか飛び抜けてみせる。
いつか自分の音楽で誰かを感動させてみせよう。
私は、こののままじゃ、終わらないぞ。


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